民話

ある朝、ラジオから宮城県の民話が流れてきた。どこだかの誰さんというお婆さんが、ここら辺の方言で語るという本格的なものである。

「セイシロウ淵」
 セイシロウという男がいた。ある日、淵に足をかけて仕事をしていると、足を滑らせてしまった。セイシロウは木につかまって助かったが、鉈を淵に落としてしまった。セイシロウは婿であったため、「落としたと言って帰るわけにもいかない」と、深い淵だったが勇気を出して飛び込んだ。
 淵の中を探していると、不思議なことに、女が現れた。


ははーん、鉈を水に落として女、とは、「金の斧 銀の斧」的な展開に違いない。と私は思った。「あなたが落としたのはこの金の鉈?それとも銀の鉈?」正直に答えたセイシロウは、鉈を返してもらうのである。


 女は言う。「これはあなたの鉈ですか?こちらに来たら、鉈を返してあげましょう。」セイシロウは不思議に思いつつも、鉈を返してもらうために女に近づいて行った。すると女の姿は消え、泥が湧きあがってきた。泥に囲まれ何も見えず身動きが取れなくなって、・・・そのままセイシロウが戻ることはなかった。
 実はこの淵、ヌシのナマズがいるので決して入ってはいけないと、言い伝えられていたのである。「セイシロウは婿だったから、それを知らずに入ってしまったのだろう」村の人はそう言い合った。それ以来、その淵は「セイシロウ淵」と呼ばれるようになりましたとさ。


なんということだ。セイシロウは悪人でも、欲に目が眩んだわけでもなかった。婿だったから気兼ねして、落とした鉈を律儀に、しかも勇気を出して探しに行っただけである。
朝から救いようのない気持ちになった。これが現実か。